深山に埋もれた上信鉱山の溶鉱炉見学会

築60年の鉱炉 8/2開催



高原野菜の嬬恋は鉱山で栄えた時代があった。国内屈指の小串硫黄鉱山を初め吾妻鉱山、石津鉱山の硫黄鉱山のほかに鉄の採掘の浦倉鉱山もあったが、異色なのは上信鉱山だった。ロウセキの採掘で始まったがその純度の高さから戦時下に軍の指定鉱山となった経歴がある。戦後、鉱物学者福井哲氏の目に止まり新たに再開するとすぐに焼成炉2基が築造された。そこで焼成された鉱物は特殊耐火物造りに大きく貢献し、日本の耐火物技術はついにイタリア、ドイツを抜き世界の先端に至ったのだと福井博士は記している。 日本の耐火物の近代化に貢献した焼成炉は時代とともに忘れ去られて森の奥に静かに佇んでいるが、築60年余りを過ぎてなお崩壊することなくあるのは、群馬のタイル業界の草分け「小林タイル」によって造られたからでもある。 風雪に耐えてきた鉱炉を見て、鉱山の時代を偲ぶ学習会をこの8月2日に関係者の理解を頂いて不肖私が開くことなった。
朝8:30干俣地区の親水公園駐車場集合。要予約。
関心のある人に見て頂きたいと願っている。なお、跡地は現在は個人では入れない場所となっていますのでご注意ください。

※写真上から:平成16年当時の2基の焼成炉で現在もそのまま残っている。 
2番目:「小林タイル」による築造時の写真
3番目:稼働当時の焼成炉は建物に覆われていた。