消えた 雲上のまち 小串鉱山

眠れる遺産に高まる期待、雲上のまち小串鉱山!
(下の写真は竹田城址、写真は朝来市観光協会HPより)

兵庫県にある竹田城は今、大ブームで連日の混み合いだと言う。一度行きたい所だったが躊躇している。なにしろ僅か6年前は年間33,000人程度の来訪者だったのに昨年は年間50万人位になったと言う話だ。
竹田城と言っても標高353mの高台に城郭だけが残っているスポットが雲海に浮かぶ姿に「天空の城」とイメージされて人気を博しているみたいだが、この記事に触れるたびに私は嬬恋村の北部山岳地帯に残る小串鉱山を連想している。




小串鉱山跡地は以前から、訪れる人達に「消えた空中都市」とか「天空のまち」「雲上のまち」などと言われ続けてきた。そういう私も好きな場所で毎年訪れている。
小串鉱山の歴史は古く大正5年にさかのぼる。県境の毛無し峠(1,820m)を挟んで長野側で最初に硫黄の発掘が始まり、大正12年に嬬恋側に小串鉱床が見つかってから閉山される昭和46年まで街があった。黄色いダイヤとも言われる時期もあって小串鉱山は国内第2位の規模になると2,000人もの人たちが住んでいた。小、中学校も幼稚園も出来ていたし文化事業も盛んだったから映画館まであったのだった。災害もあった。昭和12年、地滑りによって死者245名を出す大惨事は壮絶な記録として残っているが、奇跡的に再開に到った歴史がある。標高1,620mの極寒の地に築かれた鉱山都市・小串鉱山は閉山してまもなく50年を迎えるが、現地は廃止されたままの姿が深山ゆえに残されてきた。
今は、働いていた関係者のほかに廃墟を訪ねる人や近代化遺産に関心を寄せる人などが絶えることなく来ていると聞いた。過日嬬恋村のフイルム・コミッション担当者から知らされたのは、この消えた鉱山都市を長編映画に残したいと言う映画監督の話だったが、そのタイトルは「〜雲上のまち 小串鉱山〜『記憶』(道下直樹)」とあった。 硫黄だけでも三つの鉱山があった嬬恋村の鉱山の時代を埋もれずに光が当たって欲しいと願っている。


  昭和40年頃の小串鉱山全景、画面右奥に浅間山が見える。